オープンアクセスと自費出版

出版scamについて調べていると、インターネット時代における研究業績の考え方について、かなり根深い問題があることに気がつきました。

詳しくはイギリスのジャーナリストRichard Poynderのブログの該当項目を読んでください。非常に面白い記事です(下記の2番目の記事。最初のものも関連しています)。

http://poynder.blogspot.com/2010_02_01_archive.html

この記事を読んで、私が提起したい問題点を要約すると、「インターネット上で誰でも『出版』ができるようになったことで、自費出版(vanity publishing)と研究業績としてのpublicationを明確に線引きする何らかの基準が必要になっている」ということです。

まず、書籍について。従来は、書籍の印刷、配送にコストがかかるため、出版会社も内容のきちんとした売れる内容の本を編集していたわけですが、一部のインターネット出版業者は、出版経費(数百ドル)を受け取れれば、基本的には何でも著書として出版する。印税は払わないか、または微々たる金額を書籍のダウンロード数に応じて支払う(原資はたぶん出版経費)。1冊だけ紙の本を作成し、著者に渡す。これは基本的に自費出版と捉えられます。自費出版をするのは人々の自由ですが、一般に自費出版は学術的な業績としては認められないと思います。

次に論文ですが、一部のインターネット出版者がオンライン論文誌を発行していますが、ほとんど査読(peer review)をしていないところがあるようです。もちろん、その分野の一線の研究者が真面目に厳しい査読をしているオンラインジャーナルも多々ありますので、オンライン論文誌がだめなのではないのです。このあたりが線引きを難しくしています。問題となるものは、出版経費(数百ドル)を取り、ほとんど査読せずに投稿された論文をオンライン論文誌に掲載する場合です。論文の自費出版(pay to publish)と呼んで良い場合が発生しています。

このように、基本的に出版社やその分野の専門家の十分なチェックなく、お金を払えば論文や著書が出版されるというスキームが簡単に実現可能になっているため、これらを学術業績として認められる論文や著書と区別する必要があると考えるのです。(degree millと同様な問題です)

しかしながら、問題をややこしくしているのは、オープンアクセスというタイプの(ちゃんとした)論文誌が広がっていることです。オープンアクセスは、誰でも論文を無料でダウンロードでき、その代わり出版料を著者や著者の所属期間が支払います。たとえば、BMCやPlosなどオープンアクセスの思想に基づいてきちんとした査読と校正、公開を行なっています。ただ、形だけみると出版料を払って、掲載しているという形になっているので、自費出版との区別に注意が必要です。結局、論文誌に関しては、その分野のしっかりした人たちが十分に査読しているかどうか、掲載されている論文のクオリティはどうかで判断しないといけないのです。

さらにややこしいのは、書籍の場合です。自費出版とオンライン書籍の差がかなりあいまいです。基本的には、書籍の場合は出版料を払っているかどうかで、自費出版かどうかを判断することになるのかもしれません。ただし、オープンアクセスの書籍というものがあるとすると、どう考えるべきか悩ましいところです。

さて、先のRichard Poynderブログの最初の記事で、アラバマ大学での教員による銃乱射事件が自費出版の問題と関連があるかもしれないと指摘しています。彼の憶測ですが、乱射事件の犯人がテニュアをとれなかった理由に、彼女の論文のいくつかがマイナーな出版社に対して費用を払って掲載された自費出版にあたるとテニュア審査委員会により判断されたためではといっています。今後、日本でも起きうる無用な混乱を避けるためにも基準作りが必要になっています。